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江戸時代 前期

江戸幕府成立期

豊臣秀吉の死後、徳川家康は関東を拠点に勢力を固め、1600年には石田三成らを中心とする西軍と対立し、関ヶ原の戦いで勝利した。この戦いによって家康は全国支配の実権を握り、大名に対する優位な立場を確立した。

 1603年、家康は朝廷から征夷大将軍に任命され、江戸(現在の東京)に幕府を開いた。これが江戸幕府の始まりであり、この時から江戸時代が始まったとされる。家康は幕府の要職に譜代大名や親しい家臣を登用して政権の基盤を固めるとともに、親藩・譜代・外様という大名の区分や、原則として外様大名を遠国に配置する制度など、大名統制の仕組みを徐々に整備していった。

 家康は豊臣氏の勢力を警戒し、1614年・1615年の二度にわたる大坂の陣で豊臣氏を滅ぼした。これにより、戦国以来続いた大名間の戦乱は終息し、徳川氏の支配体制はいっそう盤石なものとなった。翌1615年には、家康の意向に基づき、第2代将軍秀忠のもとで武家諸法度と一国一城令が制定され、大名統制が制度化されたことで、約260年続く江戸時代の泰平の基礎が築かれた。

 江戸幕府成立期の特徴は、家康による慎重かつ計画的な政権掌握と、大名統制の仕組みづくりにあり、これによって徳川家は長期にわたり日本を支配する体制を整えたのである。

 

江戸幕府確立期(秀忠・家光)

徳川家康の子、徳川秀忠は1605年に第2代将軍として将軍職を継ぎ、家康が駿府で大御所として強い影響力を保つ中、江戸城で幕政を担った。この時期、家康は大名政策や外交など国家的な重要事項を主導し、秀忠は日常政務や直轄領の支配を担当するなど、幕政は家康と秀忠による二重構造を示していた。

 秀忠は父の方針を受け継ぎ、元和期(1615〜1624年)を中心に、武家諸法度や公家との関係を整理する法令の運用を定め、幕府支配の仕組みを定着させた。また、娘の和子(東福門院)を後水尾天皇に入内させるなどして皇室との関係を強化し、寺社勢力に対しても統制を強め、朝廷や寺社を幕府の支配秩序の中に組み込んでいった。これにより、江戸幕府の基礎はより確かなものとなった。

 第3代将軍には秀忠の子、徳川家光が就任し、家光の時代には幕府の政治体制がさらに強化された。老中・若年寄・奉行・大目付などの役職体制が整備され、幕府中枢の意思決定と監察の仕組みが明確になった。1635年には、諸大名が江戸に一定期間居住することを義務化する参勤交代が武家諸法度に明記され、大名統制は一層強化された。これにより、将軍と諸大名から成る幕藩体制が確立した。

 家光はまた、ポルトガル船の来航禁止やキリスト教禁止など、外国との交流を厳しく制限する政策を進めた。1637〜1638年には、キリシタン農民を中心とする島原・天草一揆(島原の乱)が発生したが、幕府は武力で鎮圧し、キリスト教弾圧と農民統制をさらに強化した。また、1627年の紫衣事件などを通じて、寺社や朝廷の人事や特権に幕府が介入する姿勢を明確にした。

 このように、徳川秀忠と徳川家光の時代は、江戸幕府の支配体制が整備・強化され、将軍権力と幕藩体制が確立していく時期であった。

 

文治政治へ(家綱)

江戸幕府の第4代将軍となったのは、徳川家綱である。家綱の治世は、武力や威圧による支配(武断政治)から、儒教の道徳や法令、礼儀に基づく安定した政治運営へと転換する「文治政治」の時期とされる。

 1651年、由井正雪らが幕府転覆を企てた慶安の変が起こり、浪人を中心に不満が広がった。この事件を契機に、幕府は大名や武士の不安定化を防ぐため、穏健で安定した政治を進める方針に切り替えた。家綱の主な政策には、末期養子制度の緩和と殉死の禁止がある。末期養子制度の緩和は、大名家の断絶を防ぎ、家督相続を柔軟にすることで幕府支配の安定に役立った。殉死の禁止は、主君の死に際して家臣が後を追って自害することを禁じ、新しい当主に仕えることを求めるものであり、主従関係の安定につながった。

 また、家綱の時代には、農民統制や村落の規律に関する触書として、のちに「慶安の御触書」と呼ばれる文書が作成されたとされ、農民の生活や村の秩序を整える方針が示された。家綱は、有能な家臣である保科正之らの補佐を受け、彼らの進言を取り入れながら、柔軟で穏やかな政治を進め、強圧的な武断政治から配慮ある統治へと転換した。

 このように、家綱の治世は、武断政治から文治政治への移行を示す時期であり、のちの綱吉の時代に本格化する文治政治の基礎を築いたのである。

 

江戸時代 前期の年表

1600年 関ヶ原の戦い
1603年 徳川家康、征夷大将軍に任命、江戸幕府開設
1605年 徳川秀忠、2代将軍に就任
1614年 大坂冬の陣
1615年 大坂夏の陣(豊臣家滅亡)
武家諸法度(元和令)・禁中並公家諸法度制定
1623年 徳川家光、3代将軍に就任(秀忠隠居)
1629年 紫衣事件
1635年 武家諸法度改正(寛永令)
1651年 徳川家綱、4代将軍に就任
慶安の変(由井正雪の乱)発生

江戸時代 前期について学ぶことのできる施設

■特別城趾江戸城(環境省HP)
https://www.env.go.jp/garden/kokyogaien/1_intro/his_01.html

■駿府城公園
http://sumpu-castlepark.com/

■大徳寺(臨済禅 黄檗宗公式サイト)
http://www.rinnou.net/cont_03/07daitoku/

■妙心寺
https://www.myoshinji.or.jp/


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